殺風景なシンフォニー

殺風景なシンフォニー

殺風景な枯野には
ほうけた男が立っていた
対象を見失って
時間軸を損なった
殺風景な男が

古びたコートと
よれよれのズボンと
泥の付いた鞄を持ったままで
ほうけた男が立っていた

見てくれだけは
まだみずみずしさを
油彩画の落書くらいには
殺風景にさらしていたが

それはさっと見の印象
よく観察すれば色彩は
すべてがくすんだ水墨に
犯されてくすんでいるのだった

その眸をじっと眺めていると
ぞっとするような無気力で
枯野の光景そのもの以外
何の好奇心さえ存在しないようだった

野原がまだ満ちていた頃
彼もまた瞳に映る光景に
そそのかされてうずうずと
心を躍らせたはずだったが

それもつかの間の夏には過ぎなくて
くすんだような枯野にあって
朽ちていこうとする彼の姿は
まさに現状世界そのもので

やつれたような精神衰弱の
好奇心のない終末の
干からびたむなしさ以外
何ものも存在しないようだった

それなのにグロテスクに干からびた
終末社会はねつ造された
夢だの未来だにすがりつき
歌い奏でるままだったから

まるで調律の狂ったオーケストラの
おぞましいような奇声を張り上げる
立ち枯れのブレ合うような野分のなかに
殺風景な男はのまれてしまうのだった

(さながらメディアの向う側の
言葉と結びつかないデフォルメの
ジェスチャーと奇声を張り上げる
不気味なピエロどものように)

やがて飲まれたからには
彼もまたいびつなオーケストラの一員となって
すり切り音みたいなシンフォニーを
病的に奏でるには違いなかった

けれども彼はそれをこばんで
どうにか立ち尽くして留まって
あなたがた世界には飲まれたくなくって
まるで殺風景な風景画のまま

硬直したように呆けながら
阿呆の踏ん張りみたいにぶつぶつと
拒絶の呪文でもあるのだろうか
何かをくちずさんでいる様子だった

そのメロディがあなたがた世界の
いびつなシンフォニーで無いことだけは
どうにか分ったけれども

もはや彼が何を放心して
殺風景につぶやいているのか
あるいは歌っているのか

どうしてもわたしには
もはやつかみ取ることが
出来ないのだった。