長谷川春草(はせがわしゅんそう)の俳句
我、俳人なる物を軽蔑する位のものなれど、渡りたる名に秀句の付随するを知る。されど、彼の句を漁るに、興ざめを起こす物いと/\多ければ、佳句を探り当てるにさえ不快を拭い去ること叶わず。虚子然り。彼の弟子達然り。句を並べて、頓知や我の表明を知らず、詩興を全うするは、遥かに尊かるべけれど、その境地にある者は僅かな例外に属するべし。今ふと春草の句を探るに、興を削ぐべき曇りも知らず、なかなかの詩人と知りぬべし。それによりて、ふと一句集を書き写したるものには過ぎず。
書生記す
長谷川春草(1889-1934)
デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)より引用
長谷川春草 はせがわ-しゅんそう
1889-1934 大正-昭和時代前期の俳人。
明治22年8月19日生まれ。渡辺水巴(すいは)にまなぶ。俳書堂にはいり,「俳諧(はいかい)雑誌」の編集にたずさわる。のち春灯派の俳人である妻湖代(こよ)と東京銀座で料亭「はせ川」を経営した。昭和9年7月11日死去。46歳。東京出身。本名は金太郎。通称は金之助。句集に「春草句帖(くちょう)」など。
【格言など】すずしさや命を聴ける指の先(辞世)
春草句帖 長谷川春草 (昭和四年八月版)
校訂者注
- 正月春夏秋冬は、校訂者が便宜上付けたものに過ぎず
- 旧漢字は基本現代表記に改める
- ただし、櫻(さくら)、蟲(むし)など一部は残す
- 《》内は校訂者の記したもの
- ()は原書にある振り仮名
正月
細道も恵方《えほう》ときけば日影かな
初雀ひとつあそべる青木かな
初刷やくさぐさわかつ奥と店
人影も灯かげも宵や松かざり
繭玉やそよろと影もさだまらず
元日の月すぐ落ちぬ板廂
狂ふ身や獅子舞なれば日の下に
餅の上に橙まろし夕霙《ゆふみぞれ》
月代《「つきしろ」か?》やをさめし松を土のうへ
春
春浅う草萠る草のうすあかり
ふと在あればふとある愁《うれひ》草萠る
春暁の引窓一つあけしばかり
燕や日の淋しさにいづこまで
家二つかげろふ路をへだて哉
咲垂りて藤うやうやし夕まぐれ
雨の藤花こまやかに相寄れる
枯萱《かれかや》に日はかげれども雲雀かな
花の昼夫婦はものゝ淋しけれ
「葉子出生」
をみなうまるゝ花の真昼の薄曇
「葉子出生」
夜は二夜(ふたよ)日は三日(みか)東風の強き哉
子や東風に赤き帽子をかぶりける
春の夜や子をあゆまする古畳
わが童女《「わらわ」か?》櫻見にきて眠りけり
春月や高き梢のおそざくら
篁《たかむら》の近きはそよぐ霞かな
花曇ふるさとびとのきたりけり
花御堂花はくもりに匂ふかな
出代《でかはり》や同じ仮り名にまたひとり
櫛たたう櫛の宿世の遅日かな
「麗かなれば涙落つ」
暮れ方の櫻見てゐる道化かな
夏
独り居の夏になりゆく灯影かな
六月の日に晒したる手足かな
合歓の葉に日は登りつゝながし哉
厨明し梅雨入の月や出ぬらむ
水すまし水も梅雨なる曇り哉
短夜の葉一つもいで吹いてみし
たはれをは夜をよきものに祭かな
水中花水さらさらとさしにけり
訪ひ寄ればひとも夜を憂く薄暑哉
浴衣着てまた横たはる病かな
卯の花や同じ愁をいくそたび
月涼し昼のまゝなる雲ひとつ
牡丹見にゆくと云ひしが病みし哉
飛ぶ雲や仲夏の夜半の薄明り
灯取蟲竹の落葉と掃かれけり
涼しさや葛ときほぐす椀の中
かげ口は寂しきものや水羊羹
うつむけば人妻も夏めけるもの
芥白子《読み不明》や真昼の風をまのあたり
梅の実や一つびとつの夕明り
吹き馴れて河鹿をよそや河鹿笛
梨あまし昼寐のあとのうつゝなく
落る日や泳ぎのぼれる濤《なみ》の上
藻の花や夕べの雲のとゞまらず
つり荵《しのぶ》雨夜の軒のひくさかな
またもとの独りとなりぬ氷水
浴衣着て父なれば子を抱きけり
梅雨寒や子にやる菓子を紙包
夏足袋やものゝまぎれに蚊帳《別の漢字表記》の裾
一筋に萩へ吹かるゝ蚊遣かな
はろばろと夜ゆく鳥や氷水
青芒路いにしへに似たりけり
「大森移居」
暑き日や葉ひとつ移る蝸牛《かたつむり》
秋
古家にひとりの月日秋の雨
汐の香も秋めくや日傘たゝみけり
雁渡りつくしぬ澄める凧一つ
接待や雨にぬれたる真木一駄
岸釣や隅田石浜の日の下に
竹河岸の竹のしづかや渡り鳥
船蟲や佃住吉松一木
砂に来て鳴る汐白し天の川
沙魚《はぜ》焼くや深川晴れて川ばかり
燈籠や松は静かに葉をかさね
あしたづも淋しく廻り燈籠かな
団栗やどんに落ちたる二つ三つ
秋風に吹きたまる砂と遊びほけ
塗盆の曇るや柿のつめたさに
また人がゆく垣外の秋日かな
[垣外の読み、かいと、かきと、かきそと、などか。あきび、しゅうじつ]
水霜《みずしも・じも》や茄子の古木の束ね捨て
霧ふると二枚しめたる障子かな
人往きて久しくなりぬ秋の風
栗焼いてゐる人は人の雨夜かな
秋深しわが子やさしう抱かるゝ
妻洗ふ家の墓とて小ささよ
墓拝む身のめぐり萩暑きかな
秋風やわが墓までのひとの墓
冬
炭つぐやつゞく日和のかれ芒
あたゝかや落葉し尽きて木一本
枯草に鳥は鳥とし小春かな
冬の日や老木の裾の杉の苗
霜掃くやものゝ影なき土あらは
掃かれずに凍てたるものや寒雀
小寒や枯草に舞ふうすほこり
枯菊は昨日抜きたる日南《「みなみ」か?》かな
濡縁のさびしき晴や敷松葉
木兎《みみづく》が夜な夜な落す木の葉哉
つちくれといづれ静かや寒雀
煮こゞりや日影ののぼる厨棚
短日やしろじろ濁る牡蠣の水
挽きためし炭の匂や夕鴉
知りつくす抜け裏さびし年の市
くりすます幼き祈ありにけり
灯の下に凍てたるものゝ姿かな
坂ひとつ下りても見たる霜夜哉
しぐるゝや二人が前の路二つ
窓しめて雪空遠き助炭《じよたん》かな
青木をやしづるゝ雪ときゝにけり
雪ながら風に吹かれぬ枯かづら
やどり木のあはれ撓《たは》める深雪哉
いとし子のうもれてまろき蒲団かな
窓は灯は町の霜夜となりにけり
雪ゆくや雪にうもるゝ死を思ひ
底本
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資料種別 図書(マイクロ)
請求記号 特257-159
原本代替記号 YD5-H-特257-159 (マイクロフィッシュ)
タイトル 春草句帖 /
タイトルよみ シュンソウ クチョウ.
責任表示 長谷川春草 [著].
出版事項 東京 : 素商書店, 昭和4.
形態/付属資料 1冊 (頁付なし) ; 19cm.
装丁 和装.
全国書誌番号 44036190
個人著者標目 長谷川, 春草, 1889-1934 || ハセガワ, シュンソウ,
NDC(6) 911.36
本文の言語 jpn
国名コード ja
書誌ID 000000635162