歌う百人一首008番「わが庵は」

歌う百人一首008番「わが庵は」

 『大和物語』の国のトップの立場の人の歌ほど、くったくのないものではありませんが、百人一首の「わが庵は」には、むしろ自己肯定的な意思が感じられますので、明快な長調の歌で合せてみるのも悪くはありません。

小倉百人一首 008番「わが庵は」

わが庵は
  みやこのたつみ しかぞ住む
 世をうぢ山と 人はいふなり
         喜撰法師(きせんほうし)

[わたしの庵(いおり)は
   みやこの南東に こうして住んでいる
  世を憂いて逃れた宇治山だなんて
    人は言うようだけれど]

 喜撰法師も勅撰和歌集に二首が知られるだけで、しかも確かなのはこの和歌くらいである謎の人物です。ただ『古今和歌集』の仮名序にあげられた歌人として、いにしへの有名な歌人として、和歌の時代には思われていたようです。

「たつみ」は南東の方角を指しますから、宇治山の方向を示したものですが、次の「しかぞ住む」(確かに、このように住んでいる、といった肯定を込めた表現)と合せて、「みやこを立つ身」という意図も込められているいるのでしょうか。

 ユニークなのは、詠み手の心情の核心は下句ではなくこの三句の「しかぞ住む」にあって、「わたしの今住んでいるところは、みやこを立つ身の上で、世を憂いて逃れた山だなんて、(みやこの)人は言うけれど」「わたしはこうしてしっかりと宇治山に住んでいるよ」というのが、この和歌の趣旨になります。

 それではなぜ、ひとのうわさの方を倒置させて結句へと導いたのか、この和歌に関しては、下句が核心だったからではなく、下句を強調することによって、三句目を浮かび上がらせようとした効果を狙ったものと思われます。

「だってしあわせだよ。みんなは不幸なんて言うけどさあ」
と言って「しあわせ」の方を強調するのと一緒で、それによって「しかぞ住む」を強調させている。ですから、もしこの和歌でもっとも大切なキーワードはどこかと尋ねられたら、実は「しかぞ」に込められていると言ってもいいくらい。

 ですからこの和歌は、みやこを立つ、世をうぢ山などという言葉が並びますが、詠み手の心情としては、むしろそこに住んでいることを肯定する、健全な意思表明に他ならず、その意思表明に対比される形で、下の句の他者のうわさが置かれているとのです。

 また「しかぞ住む」には「鹿が住んでいる」ような場所であるという意図が込められているともされますが、それだとより住んでいる場所の情景が浮かびますから、喜撰法師がこんな和歌宣言をしているところを、鹿が遠くからちらちら見ているようで、なおさら愉快かと思われます。